「人情味のある看護師をめざして」

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神戸協同病院の緩和ケア病棟は、「切れ目のない医療の中での緩和ケア・医療生協ならではの緩和ケア・あたたかい下町の緩和ケア病棟」をコンセプトに、2015年6月に開設されました。


たくさんの患者さんとの出会いと別れを繰り返しながら、地域になくてはならない緩和ケア病棟として成長してきました。


今回は、たくさんのことを教えてくれた患者さんとその家族とのエピソードをお伝えします。

パワフルなA氏

A氏は90歳代前半でしたが、高齢とは思えないほど気持ちもパワフルで活気に満ち溢れた人でした。


直腸癌、仙骨・腰椎転移の痛みのため、臥床して過ごされることは多かったですが、ベッドの上で趣味である折り紙をたくさん折っておられました。



趣味の折り紙は、定年後に活動されていた水族館のボランティアで折っておられたそうで、魚をかたどった折り紙を子どもたちに教え、50種類以上の魚の折り方を頭の中で熟知されていたという達人だったそうです。



性格は、真面目で何事も筋道を通して物事を進めていくような慎重な方でもありました。


お話好きで、今までの人生話や折り紙の折り方などをたくさん話してくれたのを覚えています。


「頑張って長生きして、奥さんと少しでも長く一緒にいたい」という思いを入院当初からお聞きしていました。

 

パワフルなA氏

沈黙と傾聴

月日が経つにつれ、疼痛が悪化し麻薬が始まりましたが、飲みにくさと内服の数が増えることへの不満もあり麻薬テープへと変更になりました。


A氏は、薬が増えることへの抵抗の方が強かったようでした。

なぜ薬が増えるのが辛いのか、なぜ薬の量をあげないといけないのか、一つ一つ本人と話をしながら不安なことが解消できるようにしました。


それからは、A氏も私が訪室するのを楽しみに待ってくれるようになり、私自身もA氏に会うことが楽しみになっていきました。


そして、親しくなればなるほど、本人の苦痛に対する思いに自分がどうしてあげればよいのか悩みました。


「この状態が100歳まで続いたらどうしたらいい?」

と言われた時には言葉がつまりました。

何かいいことを言ってあげたい、この人の役に立ちたいという思いが先走ってしまい、コミュニケーションに困ったこともありました。

自分の気持ちが溢れてしまい、A氏の前で涙が出たこともありました。


するとA氏は「大丈夫や、痛くないで、ほら普通に座れるやろ」と端座位もままならないA氏でしたが、冗談を言って私に気を遣われたのです。

そのことに私は反省し、師長に相談をしました。

すると師長からは「患者さんの前で泣いたっていいやん。自分のために泣いてくれてるんやって思ったら嬉しいと思うよ」と。

また他のスタッフからも「傍にいるだけでいい。何も話さなくてもいい。聞いてあげるだけでいいんじゃない?」とアドバイスをもらいました。



そして、もう一度冷静になり、再度自己学習としてコミュニケーションについて緩和の本を開いた時に、傾聴・沈黙とあり、まさにこれだと実感しました。


傾聴と沈黙、この2つに重きをおきながらA氏と話すようになってから私自身の気持ちも穏やかになり、傍でただ寄り添い本人の思いに耳を傾けることによってそこからまた本人の思いを聞きとることができるようになりました。

 

美女に囲まれて

A氏と30代で結婚して以降長く連れ添った奥さんは、大黒柱であったA氏が入院したことにより精神的な落ち込みも強くなりました。

入院当初から涙することが多く、A氏がいなくなることに動揺を隠しきれず不安な気持ちを打ち明けてくれていました。

子どもが2人おられましたが、遠方のため身近に相談できる相手がいないこともあり、私は注意深く奥さんのことも気にして声をかけるようにしていました。

新型コロナウィルスによって面会制限がかかり、限られた時間の中での面会は奥さんにとっても辛かったと思います。


A氏がいよいよ食事が摂れなくなって終末期せん妄が出現してから、遠方に住まわれている娘さんと連絡を取ることができました。

脈が触れず、呼吸状態が悪化した時に娘さんが到着しました。

はっきりとした意識がない状態であったA氏でしたが、娘さんが来てくれたことに元気をもらったのか脈が再度触れはじめ、身体を動かされました。

しゃべれなくても耳は最期まで聞こえているということは本当なのだと感じた瞬間でもありました。

最期は娘さんと奥さんに囲まれながら息を引き取られました。

娘さんが「美女たちに囲まれてお父さん幸せ者やね。よく頑張ったね」と話され、奥さんも涙されながらA氏に感謝の思いを伝えていました。

私はというと「辛いのは家族だから私は泣いたらダメだ」と頭では思っていましたが、いざA氏の息が止まってから「これでもうA氏に会うことは出来ないんだ。いつものあの笑顔が見られないんだ」と思うと自然と涙があふれ出てしまったのです。

それを見た娘さんが私にそっと涙をふくように気遣ってくれたことに申し訳なく思いました。

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この7か月間は楽しいことばかりでなく、辛いこともたくさんあり、悩むことも多く、感情が入ることもしばしばありましたが、その思いに流されるところまで流されても帰ってくる場所がこの病棟にはあります。

私が困っている時や落ち込んでいる時には、その都度声をかけてくれた主治医や師長、スタッフがいました。

たくさんの人の協力があったからこそA氏との関係が深まり、良い最期を迎えることができたのだと思います。

これからも誠心誠意に患者さんと向き合い、人情味あふれる看護師を目指して日々邁進していきたいと思っています。

そして、患者、家族の前で泣いてばかりの看護師ではなく、私の肩貸しますよ!と言えるくらいの心の強い温かい看護師になりたいと思います。

(神戸協同病院 緩和ケア病棟 久保 愛美)

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